不育症・習慣流産のみなさんへ
原因不明習慣流産に対する着床前スクリーニング
着床前スクリーニングによって出産できるようになるという研究成果はありません。
過去2回流産なら80%、3回70%、4回60%、5回50%の方が次の妊娠で出産できます。
40歳代でも58%が着床前スクリーニングを実施しなくても出産可能です。
欧米では、胎児染色体数的異常(異数性)流産に対して着床前(受精卵)スクリーニングが行われています。流産した胎児(胎芽)に最も高頻度にトリソミー(染色体が3本)が見られたのは16番染色体であり、22番、21番の順番でした(図28、文献34)。
受精卵の異数性を調べて、正常染色体の受精卵を子宮内移植することで流産を予防する技術です。日本産科婦人科学会は、生命の廃棄、優生思想を助長するという倫理的理由のため、着床前スクリーニングを禁止してきました。しかし、日本でも妊娠の高年齢化が進み、社会のニーズが高まったとして、2014年3月から着床前スクリーニングの議論が始まりました。Platteauらの報告によると4.5回流産歴のある原因不明習慣流産患者25人に着床前診断を行ったところ妊娠継続できたのは25%でした。私たちの研究では過去5回流産歴のある患者さんの51%が次回自然妊娠で出産できており、Platteauらも着床前スクリーニングの有効性は認められないと言っています(表29)。
これらの論文の問題点は、
- 着床前スクリーニングを行わなかったらどうか、という対照の設定がない
- 年齢と過去の流産回数によって出産率は異なるので、無作為割り付け試験(もしくはそれに準じた科学的な研究方法)が必要だが、そのような研究が報告されていない
- うまれてくる児の長期的安全性が不明
という点です。
原因不明習慣流産は、2回流産なら80%、3回70%、4回60%、5回50%の方が次の妊娠で出産できます。40歳以上の患者さんでも58%が出産しています(表29 右端、文献36)。「実施しなかったらどうか」ということを説明されているかが重要です。
← 横スクロールでご覧ください →
受精卵スクリーニング | 自然妊娠 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Wilding M | Platteau et al. | Munne S | Otani et al. | Sugiura-Ogasawara M | ||||
37歳未満 | 37歳以上 | 35歳未満 | 35歳以上 | 既往流産 5回 |
40歳以上 | |||
患者数 | 48 | 25 | 24 | 21 | 37 | 97 | 78 | 43 |
年齢 | 35.4 | 31.5 | 40.2 | 32.6 | 39.5 | 39.1 | 32.5 | 40歳以上 |
既往流産回数 | 3.7 | 4.5 | 4.9 | 3.7 | 4.1 | 5 | 2.9 | |
診断方法 | FISH | FISH | FISH | CGH | ||||
胚移植 | 53 | |||||||
妊娠 | 9 | 1 | 39 | |||||
流産 | 23% | 12% | 3 | |||||
出産率 | 45.8% | 36% | 4.2% | 47.6% | 40.5% | 37.1% | 51.3% | 58.1% |
F&S 2004 |
F&S 2005 |
F&S 2005 |
読売新聞 | F&S 2000 |
AJRI 2009 |
2007年には、高齢不妊女性の着床前スクリーニングでは受精卵の診断のために生検(細胞を採取)することによって出産率が低下してしまうことがわかりました(図30)。
2011年には、欧州ヒト生殖医学会、米国生殖医学会は着床前スクリーニングを臨床的には実施しないように注意喚起されました。
一方、着床前診断の技術も進歩してきました。
例えば、採卵後3日目に生検する方法よりも5日目の胚盤胞から胎盤になる部分を生検する方法を用いると出産率が低下しないことがわかりました。
マイクロアレイCGHや次世代シークエンサーを用いた診断技術の進歩もあり、2011以降の技術を第2世代のPGSと呼んでいます。PGS2.0によって出産率が上昇したという論文がいくつか報告されました(図31)。これらの論文では、「若い女性、高齢でも多数の採卵が可能な女性、FSH低値、体外受精反復失敗例を除く」などの「予後良好群」を選択しています。一方、効果がないという報告も出てきました(図32)。欧州生殖医学会のESTEEM trial では、流産率は減少するけれど出産率は改善しませんでした。イルミナ社によるSTAR trialも出産率、流産率ともに改善しませんでした。着床前診断は受精卵を選ぶための技術なので、選べるほど卵子が採取できない女性にメリットはありません。着床前スクリーニングは遺伝子を網羅的に調べるとの誤解を生むため、最近では、着床前染色体異数性検査preimplantation genetic testing for aneuploidy (PGT-A)と呼ばれるようになりました。
原因不明習慣流産に対するPGT-Aと待機療法の無作為割付試験では出産率、流産率ともに差はなく、PGT-Aの効果は認められませんでした(図33)。この研究でも既往流産の胎児染色体数的異常は調べていません。
CCS+体外受精 (n=72) |
体外受精 (n=83) |
|
---|---|---|
年齢 | 32.2 | 32.4 |
卵子数 | 17.2 | 17.1 |
移植胚数 | 1.9 | 2.0 |
出産率/患者 | 84.7%* | 67.5% |
PGT-A (n=100) |
Non PGT-A (n=105) |
OR (95%CI) |
|
---|---|---|---|
出産率/患者 | 36% (36) |
21.9% (23) |
2.00 (1.08-3.71) |
出産率/ET | 52.9% | 24.2% | 3.52 (1.08-3.71) |
流産率/患者 | 1% | 15.2% | 0.22 (0.1-0.48) |
流産率 | 2.7% (1/37) |
39.0% (16/41) |
0.06 (0.008-0.48) |
PBB+体外受精 (n=205) |
体外受精 (n=191) |
|
---|---|---|
年齢 | 38.6 | 38.6 |
出産率/患者 | 24.4% (50) | 23.6% (45) |
出産率/ET | 33.6% (50/149) | 26.3% (45/171) |
流産率/患者 | 6.8% (14) | 14.1% (27) |
流産率/臨床妊娠 | 21.9% | 60% |
NGS-PGT-A+ 体外受精(n=330) |
体外受精 (n=331) |
|
---|---|---|
年齢 | 33.7 | 33.8 |
出産率/患者 | 41.8% (138) | 43.5% (144) |
出産率/ET | 50% (137/274) | 45.7% (143/313) |
流産率/患者 | 8.2% (27) | 9.1% (30) |
流産率/臨床妊娠 | 16.4% (27/165) | 17.1% (30/175) |
日本産科婦人科学会は倫理的理由からPGT-Aを禁止してきましたが、日本人女性の妊娠年齢の高齢化によって社会のニーズが上昇したことから習慣流産と反復体外受精不成功例を対象として、PGT-Aが出産率を改善するかを調べるための臨床研究を実施しました。
- 2回以上の流産を経験・不妊症を合併しており体外受精を既に実施している
- 過去の流産の胎児(胎芽)染色体異常が確認されている
35-42歳の患者さんを対象として胚盤胞をマイクロアレイCGH法によって診断する臨床研究が実施されました。同じ状況の患者さんを対照としました。
その結果、患者さん当たりの出産率はPGT-A群と対照群で差はありませんでした(図34、文献37)。流産率も変わりませんでした。胚移植できた患者さんに限定するとPGT-A群で出産率は上がりました。また、PGT-A群では生化学妊娠が減ることがわかりました。
すでに不妊症のために体外受精を行っている患者さんの中で、胚盤胞が多数得られる方にはメリットがあることがわかりました。不育症の患者さんで体外受精を経験しているのは約20%であり、自然妊娠できる患者さんにおいてどこまでメリットがあるかはわかっていません。
着床前診断は遺伝子疾患については病気の子供を避けるという目的がはっきりしています。習慣流産、不妊症については、患者さんの目的は“出産”ですが、その効果はまだはっきりしていません(図35)。日本において実施が認められている疾患を赤で示しました。